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ニュートリノは、西暦2000年、岩手県花巻市出身のカズヒロックが自作曲のレコーディングのために結成したバンド。すぐにデモテープが評判となり、同年に「明日になんかならないで」がテレビ東京『GAME WAVE』のエンディングテーマ曲として放送されるなど、バンド 活動は順調にスタート。
だがその後、所属事務所の方針転換により、予定されていたCDのレコーディング・発売が中止に。この時期に書かれた多くの曲が発表の場を失い、「明日になんかならないで」も幻のデビュー曲となった。いくつかの、カセットテープやCD−Rによるデモ作品の発表、コンピレーションCDへの参加などがあったものの、7年ものあいだ単独のアーティスト名を冠したCD作品が音楽市場に流通していない状況が続いた。
一方、新宿や下北沢などのライブハウスへの出演、自主イベント開催などのバンド活動は地道に継続。当時すでにメジャー・アーティストとして活動していたネイバーユースとの交流も始まる。2005年には活動を休止したネイバーユースのシライくんが加入。当初はサポート・ギタリストとしての参加だったが、まもなく正式メンバーとなる。
2006年、自主的かつ本格的なCDの流通・販売を行うために、友人らとインディーズ・レーベル「ブリジニア」を設立。レコーディングを開始する。 2007年5月、7月にマキシシングルを連続リリース。セカンドマキシシングル『八月が来るたび』はタワーレコードJ-INDIES ウィークリーチャートの第一位となる快挙で、大きな注目を集めた。 2008年2月に発売された待望のファースト・アルバムでは、長年にわたって日の目を見ることのなかった楽曲の数々がついに発表された。レコーディングではシライくんがアレンジの要として存在感を発揮し、カズヒロックによる楽曲に彩を加えていった。また、シライくんが作曲・リードボーカルを担当した新曲もレコーディングされ、バンドとしての表現の幅を大きく広げることに貢献している。 ニュートリノは、このアルバムを幻のデビュー曲と同タイトルの『明日になんかならないで 』と名付けた。ニュートリノというバンドの過去と、そして今持てる力を凝縮した作品に仕上がっている。『明日になんかならないで』は前シングルに引き続きタワーレコードJ-INDIES ウィークリーチャートで第一位をマークした。
現在は従来のCD流通や楽曲発表形態の枠に捉われない活動を模索中。
2008年〜2009年にはカズヒロック、つねさんの出身地、花巻を本拠地とするフットサルのクラブチーム、ステラミーゴいわて花巻のスポンサーとなり、ホームゲーム会場で「光になって」が試合終了後BGMとして使用されていた。
2010年には日米欧で発売されたWii用ゲーム『ノーモア★ヒーローズ2 デスパレード・ストラグル』のBGMに10曲を提供している。
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